横浜DeNAベイスターズ

V6とベイスターズの歴史を一緒に振り返る

こんにちは。

V6が11月に解散というニュースが報じられました。

自分としてはメンバーと同世代という事もあり、ジャニーズの中では好きなグループでした。
また楽曲もデビュー時はユーロビート中心で、その後も等身大の気持ちやメッセージを歌詞に込めた楽曲が多かったため、割とカラオケで歌ったりもしてました。

解散のきっかけはメンバー森田剛のジャニーズ退所という事です。
自分は森田剛と同い年で、さらには3月にジャニーズを退社するTOKIO長瀬智也とも同じです。そしてプロ野球で同級生と言えば阿部慎之助です。
ジャニーズを退所して新たなキャリアへ。そして二軍監督として指導者のキャリアへ。
自分のこれまでのキャリアとは何かを問い、そして今後の自分とはどうあるべきかを考えて行動する、そんな年代なんだなぁと思いながらこれを書いています。

さて、V6のデビュー年が1995年ということで、その年からリリースしたシングル52枚のタイトルと共にベイスターズの歴史も(半ば強引に)振り返ってみました。
この楽曲がリリースされた当時はベイスターズってこうだったなぁとか思い出しながら読んでみてください。

V6ファンの方も歓迎です。

V6の楽曲リリースに合わせてベイスターズの歴史を振り返る

1995年

V6

01. 1995年11月01日「MUSIC FOR THE PEOPLE」

メンバー全員の初主演テレビドラマ『Vの炎』放送

横浜ベイスターズ

近藤昭仁監督(66勝64敗・4位)
結果的に4位に終わるも5年ぶりに中日に勝ち越して12年ぶりのシーズン勝率5割台を果たす。のちに首位打者となる鈴木尚典が3番レフトに定着するなど若手が台頭した。しかし、フロントからの近藤に対する監督としての評価はあまり芳しくなく、この年限りで任期満了により退任となった。

1996年

V6

02. 1996年02月14日「MADE IN JAPAN」
03. 1996年05月29日「BEAT YOUR HEART」
04. 1996年09月16日「TAKE ME HIGHER」

長野博 特撮テレビドラマ『ウルトラマンティガ』主演

横浜ベイスターズ

大矢明彦監督(55勝75敗・5位)
バッテリーコーチの大矢明彦が監督に就任。4月を首位で折り返し、「セ・リーグの台風の目」と評されながらも5月以降失速し、全球団に負け越して5位に終わる。

1997年

V6

05. 1997年01月20日「愛なんだ」
06. 1997年04月03日「本気がいっぱい」
07. 1997年07月09日「WAになっておどろう」
08. 1997年11月06日「GENERATION GAP」

1997年10月16日、レギュラー番組『学校へ行こう!』放送開始。
1997年12月01日、阪神・淡路大震災へのチャリティー活動としてJ-FRIENDS結成

横浜ベイスターズ

大矢明彦監督(72勝63敗・2位)
権藤博を一軍バッテリーチーフコーチに迎える。シーズン序盤は下位に低迷していたが、選手の実績より好調を優先した起用をし始めるとチームは浮上しシーズン後半に首位のヤクルトを脅かす急追を見せた。しかし、9月2日、首位ヤクルトとの直接対決で石井一久の前にノーヒットノーランで敗れると、勢いも止まり2位で終わったが7年ぶりのAクラス入りを果たした。広島に5年ぶりに勝ち越すが、この年Bクラスだった巨人と阪神に負け越した。監督大矢は2年契約を終えてオフに監督を辞任。

1998年

V6

09. 1998年03月11日「Be Yourself!」
10. 1998年07月15日「翼になれ」
11. 1998年11月11日「over/EASY SHOW TIME」

『24時間テレビ21』で森田剛がチャリティーマラソンランナーに選ばれ100kmを完走

横浜ベイスターズ

権藤博監督(79勝56敗1分・1位/日本一)
権藤が監督に昇格。抑えの佐々木主浩を不動の中心とする投手陣と一度打ち始めると止まらない「マシンガン打線」がかみ合い、阪神に5年ぶりに勝ち越して10月8日の対阪神戦(阪神甲子園球場)に勝利し38年ぶりのリーグ優勝を果たした。日本シリーズでは西武ライオンズと対戦した。下馬評は西武有利と予想されたが4勝2敗で日本一となる。ベストナインに6選手、ゴールデングラブ賞に5人が選出される。また前年怪我のため一軍登板がなかった斎藤隆が復活を果たしカムバック賞 を獲得。

1999年

V6

12. 1999年03月31日「Believe Your Smile」
13. 1999年05月12日「自由であるために」
14. 1999年07月14日「太陽のあたる場所」

横浜ベイスターズ

権藤博監督(71勝64敗・3位)
ローズが153打点を記録し二冠王に輝く活躍を見せるなどこの年もマシンガン打線が絶好調で、チームはシーズン通算打率.294と当時のチーム打率の日本記録を更新する。しかし投手陣は川村丈夫が17勝を挙げる活躍するものの、三浦大輔の不調や野村弘樹、佐々木主浩の故障などで頭数がそろわず、3位に終わる。オフには、佐々木が大リーグ・シアトル・マリナーズに移籍。

2000年

V6

15. 2000年02月02日「MILLENNIUM GREETING」
16. 2000年05月10日「IN THE WIND」
17. 2000年10月25日「CHANGE THE WORLD」

横浜ベイスターズ

権藤博監督(69勝66敗1分・3位)
ロッテから小宮山悟が入団。金城龍彦が新人王と首位打者の二冠に輝くものの、投打共に不調や故障者等で優勝争いには届かず2年連続の3位。オフに権藤が監督を勇退。主力打者のローズ、駒田も退団。この年よりファーム組織を湘南シーレックスと改称し、独立採算を目指した活動を開始する。

2001年

V6

18. 2001年02月28日「愛のMelody」
19. 2001年06月20日「キセキのはじまり/SHODO」
20. 2001年08月29日「出せない手紙」

横浜ベイスターズ

森祇晶監督(69勝67敗4分・3位)
西武を8度のリーグ優勝に導いた森祇晶が監督に就任。この年のみ順位決定方式が異なり、5年連続のAクラス(3位)となった。シーズンオフには、正捕手の谷繁元信が、森との確執もあり、FA権を行使して中日に移籍した。また、チーム最多勝投手の小宮山もメジャーリーグに挑戦するために退団した。

2002年

V6

21. 2002年06月12日「Feel your breeze/one」

岡田准一 主演テレビドラマ『木更津キャッツアイ』放送

横浜ベイスターズ

森祇晶監督(49勝86敗5分・6位)
親会社がマルハからTBSへ移行。チームは開幕から記録的な低迷を続け、9月25日に森がシーズン終了を待たずして休養を余儀なくされる。投手コーチには森繁和、内野守備走塁コーチには辻発彦と森の西武時代の教え子が就任したが、チーム防御率は3.75から4.09で、チーム防御率はセリーグ中で5位だった。チーム打率、得点、安打、本塁打はリーグ最下位に終わり、投手・打撃・守備すべてにおいて低迷した。森は3年契約の2年目だったが、この年限りで事実上の解任となる。 2つあった応援団が統合し、全国星覇会が発足。

2003年

V6

22. 2003年03月19日「メジルシの記憶」
23. 2003年05月28日「Darling」
24. 2003年07月02日「COSMIC RESCUE/強くなれ」

coming century 主演『COSMIC RESCUE』公開

横浜ベイスターズ

山下大輔監督(45勝94敗1分・6位)
チーム生え抜きの山下大輔が監督に就任。現役メジャーリーガーのスティーブ・コックスを、ダイエーから若田部健一をFAで獲得するなど大型補強を試みるが、コックスらは怪我などで戦力にならず、若手重視、攻撃重視の采配もことごとく空回りする。新外国人のタイロン・ウッズや新人の村田修一、若手の多村仁ら野手陣の活躍はあったものの、5位・広島からも22.5ゲーム以上離され、優勝した阪神には開幕戦で白星後は16連敗を喫するなど大きく苦しみ6勝22敗と大きく負け越した。シーズン90敗到達は日本プロ野球では1970年のヤクルト以来実に33年ぶり。

2004年

V6

25. 2004年03月24日「ありがとうのうた」
26. 2004年08月04日「サンダーバード-your voice-」

横浜ベイスターズ

山下大輔監督(59勝76敗3分・6位)
佐々木主浩が年俸6億5000万円の2年契約を結び5年ぶりにマリナーズからチームに復帰。打撃陣が好調で4月終了時点で首位に立つが、その後投手陣の不振により徐々に失速し、シーズン終了目前まで広島との5位争いを続けるが、最終戦に敗れて広島と勝率0.001(1厘)差という僅差で45年ぶりの3年連続最下位が確定した。一方で前年大きく負け越した阪神には15勝13敗で勝ち越し、3位の巨人には9月下旬の横浜スタジアムの3連戦で3連勝して14勝14敗のタイとなるなど一定の成績は残した。山下監督はこの年をもって退任した。

2005年

V6

27. 2005年06月22日「UTAO-UTAO」
28. 2005年10月12日「Orange」

横浜ベイスターズ

牛島和彦監督(69勝70敗7分・3位)
牛島和彦が監督に就任。主砲のウッズが中日に移籍するも不調だった三浦をはじめ投手陣が復活し、4年ぶりのAクラスとなる3位に浮上した。また、巨人には東京ドームで同一カード3連勝を記録するなど一度も負け越しがなく16勝6敗と大きく勝ち越した。エグゼクティブ・アドバイザーとして牛島の友人である石橋貴明を抜擢、監督・選手とファンとのパイプ役を担わせるなど新しいファンサービスを試みた。この年限りで佐々木が現役を引退した。

2006年

V6

29. 2006年06月14日「グッデイ!!」

横浜ベイスターズ

牛島和彦監督(58勝84敗4分・6位)
投手陣や主力野手陣の相次ぐ不調・故障などで4、5月に低迷。6月以降は村田の4番打者定着や吉村裕基ら若手野手の台頭があったものの、最下位に終わる。球団側は続投を希望したものの、牛島は最下位の責任を取り、シーズン途中の9月3日にこの年限りの監督退任を発表。チーム唯一の2桁勝利の門倉健が年俸査定に不満を持ち、FA宣言をして巨人に移籍した。

2007年

V6

30. 2007年01月31日「HONEY BEAT/僕と僕らのあした」
31. 2007年05月23日「ジャスミン/Rainbow」
32. 2007年12月12日「way of life」

横浜ベイスターズ

大矢明彦監督(71勝72敗1分・4位)
大矢明彦が10年ぶりに監督に復帰。ソフトバンクの若手投手・寺原隼人を主砲・多村仁との大型トレードで獲得し、また巨人の正二塁手だった仁志敏久を1選手プラス金銭のトレードで獲得した。また、FA移籍した門倉の人的保障として工藤公康が入団。移籍組やベテラン勢の活躍で、前半戦は一時首位に立つなど上位を猛追し3位で折り返す。最終戦に敗れシーズン勝ち越しを逃して4位に終わるが、1999年以来8年振りに70勝に到達し、村田修一が球団日本人選手としては桑田武以来48年ぶりの本塁打王と球団初の2年連続100打点を達成し、三浦大輔も35イニング連続無失点、寺原隼人も2試合連続完封を記録するなど主力選手の活躍が目立った。

2008年

V6

33. 2008年05月28日「蝶」
34. 2008年09月17日「LIGHT IN YOUR HEART/Swing!」

横浜ベイスターズ

大矢明彦監督(48勝94敗2分・6位)
この年に飛躍し最多安打を獲得した内川聖一、本塁打王を獲得した村田、30本塁打を記録した吉村といったリーグ屈指の強力なクリーンアップを擁したが、2年ぶりの最下位に沈み、2003年以来5年ぶりの90敗を記録。チームの勝率は.338と首位打者を獲得した内川の打率(.378)よりも低く「リーグ首位打者のシーズン打率が所属チームの勝率を上回る」という2リーグ分裂後ではプロ野球史上初となる珍事も発生。石井琢朗、鈴木尚典らチームを長年支えてきたベテランが退団した。正捕手の相川亮二がFA権を行使してヤクルトに移籍。

2009年

V6

35. 2009年06月17日「スピリット」
36. 2009年09月02日「GUILTY」

横浜ベイスターズ

大矢明彦監督⇒田代富雄監督代行(51勝93敗・6位)
ワールド・ベースボール・クラシックでの村田の故障などによって、開幕6連敗を喫するなど序盤から低迷。5月18日に大矢の無期限休養(事実上の解任)が発表された。二軍監督の田代富雄が翌日から監督代行を務めたが、チームを浮上させることはできず93敗を喫し、2年連続の最下位に終わる。前年同様一度も貯金はなく、田代は一軍監督代行の職が解かれ、シーズン終了後に二軍監督に再任された。チーム防御率・失点、打率・得点はリーグ最下位に終わった。

2010年

V6

37. 2010年09月01日「only dreaming/Catch」

横浜ベイスターズ

尾花高夫監督(48勝95敗1分・6位)
ロッテのエース清水直行を複数人とのトレードで獲得し、同じくFA宣言をしたロッテの橋本将、日本ハムを自由契約となったターメル・スレッジを獲得するなど大規模な補強を行った。しかしプロ野球史上初の3年連続90敗、10月6日の対阪神戦に敗れて130試合制だった1955年以来55年ぶりのシーズン95敗を喫した。一軍ヘッドコーチの島田誠が不振の責任を取り1年で辞任。オフに内川がFAでソフトバンクに移籍した。8月には2010年シーズン終了をもって、二軍の「湘南シーレックス」の名称を一軍と同じ「横浜ベイスターズ」に戻すことがプロ野球実行委員会で承認された。

2011年

V6

38. 2011年08月24日「Sexy.Honey.Bunny!/タカラノイシ」

横浜ベイスターズ

尾花高夫監督(47勝86敗11分・6位)
FAで日本ハムの森本稀哲を獲得。3月11日、横浜スタジアムでヤクルトとのオープン戦を行っていた最中に東日本大震災が発生。球場全体が揺れて試合は打ち切りとなり、選手や観客がグラウンドに避難している。4年ぶりに本拠地での開幕となった中日との3連戦で2000年以来11年ぶりとなる開幕カード勝ち越しを決めたが、5月以降低迷状態に陥り、後半戦も浮上することなく、4年連続の最下位が決定。オフに村田修一がFAで巨人に移籍。

「横浜ベイスターズ」から「横浜DeNAベイスターズ」へ

11月4日、TBSホールディングスが所有する株式の一部を、12月2日付でDeNAへ譲渡することで、両社の間で正式合意。12月1日、日本プロ野球オーナー会議並びに実行委員会にてDeNAによる横浜ベイスターズ買収とオーナー会社変更が承認された。翌2日球団株式が譲渡され、商号変更により「横浜DeNAベイスターズ」として新たにスタートを切った。球団GMには巨人OBの高田繁が就任。一方で監督人事は難航したが当初からの候補であった中畑清の名前が挙がり、12月9日に監督就任会見が行われた。

2012年

V6

39. 2012年02月15日「バリバリBUDDY!」
40. 2012年08月08日「kEEP oN.」
41. 2012年12月26日「ROCK YOUR SOUL」

横浜DeNAベイスターズ

中畑清監督(46勝85敗13分・6位)
4月4日から10日、同月22日から5月1日にかけて2度に渡り6連敗するなどした。交流戦は9勝14敗の10位に終わり、7月7日の対中日戦に敗れて借金20となり自力優勝が消滅。前半戦を最下位で終えそのまま5年連続の最下位が決定した。最終的に首位巨人とは40ゲーム、5位の阪神にも9.5ゲーム差をつけられ、セ5球団に全て負け越している。オフに中日を自由契約となったトニ・ブランコ、エンジェルベルト・ソト、ホルヘ・ソーサの3人を獲得した。また、かつてのチームの主力打者であったソフトバンクの多村仁志を含む3選手が吉村裕基、山本省吾ら3選手とのトレードで入団。多村は7年ぶりの古巣復帰となった。

2013年

V6

42. 2013年08月21日「君が思い出す僕は 君を愛しているだろうか」

岡田准一 主演映画『永遠の0』公開

横浜DeNAベイスターズ

中畑清監督(64勝79敗1分・5位)
交流戦は7勝17敗で最下位に終わる。9月24日の対阪神戦(甲子園)に1対6で敗れ、クライマックスシリーズ進出の可能性が消滅し、8年連続のBクラスが確定したが、10月1日にヤクルトが巨人に敗れたことで、6年ぶりの最下位脱出が決定。最終成績は5位に終わったものの、ヤクルト・阪神・中日のセ3球団に勝ち越したのは実に12年ぶりのことであった。
オフに阪神の久保康友をFAで獲得。

2014年

V6

43. 2014年08月27日「涙のアトが消える頃」
44. 2014年10月22日「Sky’s The Limit」

岡田准一 『軍師官兵衛』でNHK大河ドラマ初出演

横浜DeNAベイスターズ

中畑清監督(67勝75敗2分・5位)
シーズン途中に大砲のユリエスキ・グリエルをキューバから獲得。シーズンは4月に7勝18敗、勝率.280と開幕ダッシュに失敗したものの、5月に井納翔一、6月に山口俊、8月に三浦大輔と球団史上初めて1シーズン3度の月間MVPを獲得。5月から8月まで勝率を5割以上をキープし9月までクライマックスシリーズ進出の可能性を残していたが、9月にチームは失速。2年連続5位が確定した。オフに巨人からホセ・ロペス、グリエルの弟、ルルデス・グリエル・ジュニアを獲得した。また、ドラフトでは山﨑康晃(亜細亜大学)を1位指名した。

2015年

V6

45. 2015年05月08日「Timeless」

横浜DeNAベイスターズ

中畑清監督(62勝80敗1分・6位)
球団オーナーが春田真から親会社・DeNAの創業者でもある南場智子に交代したことを発表、NPB初の女性球団オーナーが誕生した。
開幕から12試合消化時点で単独首位となるなど、序盤は好調な滑り出しを見せた。しかし、交流戦では、全6カードをすべて負け越し、球団では2008年以来の10連敗(1引き分け挟む)を喫するなど、3勝14敗1分で12球団中最下位。それでも前回優勝の1998年以来となる、前半戦首位ターンとなった。しかし、後半戦に入ると徐々に順位を下げ、8月下旬に最下位に転落。前半戦を首位で折り返しながら、シーズンを最下位で終えるのはプロ野球史上初(2期制時のパは除く)の記録となった。中畑監督は低迷の責任を取る形で退任。

2016年

V6

46. 2016年06月08日「Beautiful World」

横浜DeNAベイスターズ

アレックス・ラミレス監督(69勝71敗3分・3位)
キャンプ前に新外国人としてジェイミー・ロマック、ザック・ペトリックを獲得するも、キャンプ中から開幕前にかけて故障者が続発。4月は投打に渡り戦力不足で9勝18敗と大きく負け越した。5月に入ると梶谷など怪我で離脱していた主力選手も戻り、石田健大、今永昇太が揃って月間4戦全勝と活躍するなど5月3日時点で11あった負け越しを5月28日には完済した。交流戦は負け越したもののエリアン・エレラが加入し、7月には筒香嘉智が月間16本塁打の歴代日本人最多記録、月間6度の複数本塁打と3戦連続複数本塁打という2つのプロ野球記録を樹立するなど大爆発。7月11日には三浦大輔が世界記録となるプロ野球投手としての24年連続安打を達成(ギネス世界記録に認定)。11年ぶりのAクラスが確定し、チーム初のクライマックスシリーズ(CS)進出を決めた。最終結果は69勝71敗3分。CS進出を決めた翌日に三浦大輔が現役引退を表明。シーズンオフ、新外国人選手にアウディ・シリアコ、フィル・クライン、ジョー・ウィーランド、スペンサー・パットンの4名を獲得。ヤクルトを自由契約となった田中浩康と、FAで山口俊が巨人へ移籍した人的補償として平良拳太郎を獲得した。

2017年

V6

47. 2017年03月15日「Can’t Get Enough/ハナヒラケ」
48. 2017年05月03日「COLORS/太陽と月のこどもたち」

横浜DeNAベイスターズ

アレックス・ラミレス監督(73勝65敗5分・3位)
5月30日の交流戦初戦で3位に浮上する。8月22日から同月24日の対広島3連戦。22日の第1戦は9回裏2対5から筒香嘉智、ホセ・ロペス、宮﨑敏郎の3者連続本塁打でサヨナラ勝利。本塁打3連発のサヨナラゲームはプロ野球史上初。翌23日24日と3試合連続サヨナラ勝利はベイスターズ前身のホエールズが1960年に達成して以来57年ぶり、同一カードとしては史上初。巨人との間で激しい3位争いとなり順位が入れ替わることもあったが、3位を確定させ73勝65敗5分で公式戦を終え、2001年以来16年ぶりのシーズン勝ち越しを決めた。クライマックスシリーズ(CS)では、1stステージで2位阪神を2勝1敗で破り、ファイナルステージでは第1戦を落としたのちに4連勝し4勝2敗(広島へのアドバンテージ1敗含む)で1位広島を破り日本シリーズに進出した。ソフトバンクとの日本シリーズでは3連敗で王手をかけられたのち2連勝するが、6戦目でサヨナラ負けを喫し敗退。オフの補強の目玉として、阪神からFA宣言した大和、元ソフトバンクのエディソン・バリオス、自由契約となった選手では中日から武藤祐太、楽天から中川大志を獲得。新外国人ではネフタリ・ソトが加入した。

2018年

V6

49. 2018年05月30日「Crazy Rays/KEEP GOING」

横浜DeNAベイスターズ

アレックス・ラミレス監督(67勝74敗2分・4位)
2011年以来、球団がDeNAになってからは初めて本拠地での開幕を迎えた。開幕投手は2年連続で石田健大が務めたが試合は3-7で敗れ、5試合で1勝4敗と波に乗れずにいたが、4月6日から同8日の対広島3連戦で今季初のカード勝ち越し、続く対巨人3連戦を3連勝した。翌4月13日の対中日1回戦で逆転勝利を収め、単独首位に浮上すると、4月7日から15日にかけて2001年以来17年振りとなる8連勝を記録した。しかしここから急降下し、7月、8月と2ヶ月連続で負け越し最下位に沈み、ラミレス政権では初のBクラスとなる4位でシーズンを終えた。後藤武敏、加賀繁が現役を引退、ウィーランドや荒波翔が自由契約となり退団した。トレードで7月に中後悠平や伊藤光、赤間謙が、オフには巨人を戦力外通告となった中井大介、かつてDeNAに所属した古村徹が加入した。

2019年

V6

50. 2019年01月16日「Super Powers/Right Now」
51. 2019年06月05日「ある日「願いが叶ったんだ/All For You」

横浜DeNAベイスターズ

アレックス・ラミレス監督(71勝69敗3分・2位)
4月に約4年ぶりの10連敗を喫したが、その後は復調。5月30日の中日戦に勝利し最下位を脱出し、オールスター前には首位巨人と9.5ゲーム差の2位で折り返す。一時は首位巨人との差を0.5ゲーム差まで縮める猛追を見せたが、直接対決で敗れたことが響き、結局一度も首位に立つことなく優勝を逃した。しかしシーズン2位が確定し、初となるCS本拠地開催を決めた。ネフタリ・ソトが43本塁打を放ち、二年連続の本塁打王と打点王を獲得。CSファーストステージで3位の阪神と対戦。1勝2敗で球団初のファーストステージでの敗退となった。
10月29日、筒香嘉智がポスティングシステムを利用しての米大リーグ挑戦を正式に発表した。

2020年

V6

52. 2020年09月23日「It’s my life/PINEAPPLE」

横浜DeNAベイスターズ

アレックス・ラミレス監督(56勝58敗6分・4位)
1月25日、キャプテンに佐野恵太が就任することが発表。新型コロナウイルス感染症によるパンデミックにより、3月に開幕予定だった公式戦は3ヶ月遅れの6月19日に開幕した。開幕後はエースの今永や新加入のタイラー・オースティンなどが故障で投打の主力の離脱が相次いだほか、ソトやロペスの不調があるも、佐野らの活躍でしばらくはAクラスに留まる。しかし9月の初旬に5.5ゲーム差で迎えた首位・巨人との3連戦で3連敗したのが響き、優勝戦線から脱落。その後は阪神、中日とAクラス争いになるも10月以降は負けが込み、4位に転落以降はBクラスから抜け出せず4位でシーズンを終えた。10月25日にはラミレス監督の退任が発表された。佐野がレギュラー1年目で首位打者を獲得するなど、明るい材料もあった。11月17日、前監督のラミレスの後任に二軍監督の三浦大輔が昇格する形で就任することが発表された。

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